南アフリカに来て感じた、『働く』という価値観の変化

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はじめまして!南アフリカ在住のライター・村上萌です。

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今回の記事はパラレルキャリア通信でのはじめての記事ですので、まずは簡単に自己紹介させていただきます。

 

■ プロフィール

高校卒業後、管楽器の修理人 → 大学へ社会人入学 → 人材系企業で勤務 → 結婚のタイミングで偶然決まった配偶者の転勤により2015年3月より南アフリカ在住。現在はライターとして就職・キャリア関連の記事を中心に執筆する他、現地教育系NPOで南アフリカの子どもたちに本を届けるお手伝いを行っています。

そんな私が今回この記事でお伝えするのは「南アフリカに来て感じた、『働く』という価値観の変化」です。働くのは大好きな私ですが、不器用で悩みも多かった東京時代から、どのように変わることができたのか是非読んでいただけたら嬉しいです!

 

 

 

日本で感じていた「履歴書の美しさ」という呪縛


 

南アフリカに来た当初は、仕事を辞めて来たことに対する不安が強く、気もそぞろに帰国後のことばかり考えていました。

南アに来る直前の仕事は、誰かの履歴書を毎日のように見る機会のあった仕事。ブランクなく、良い大学を出て、有名な企業に勤め、仕事で成果を出し…というような、いわゆる「履歴書の美しさ」で誰かに判断されてしまう世界を身近に突きつけられる毎日を送ったことで、完全に不安モードのまま来てしまったのです。

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(出典:ぱくたそ)

 

私自身も、心のなかでは履歴書のブランクを増やしたくない、ただでさえストレートに大学に入らずに少し変わったキャリアなのに、これ以上苦しい状況を作るのか…というような、ちっぽけな葛藤があったのです。

しかし幸いなことに、いろんな方に出会っていくなかで仕事や暮らし方などへの感じ方も変化していきました。

 

 

 

たくさんの人からもらったキャリアのヒント


 

まずは、同じように仕事を辞めてきた駐在員の家族の方のなかには、ボランティアでも良いから働きたいと自分の活躍の場を見つけている人が何人もいたことが大きな刺激になりました。そうした経験が、自分の国に帰ってからその経験を活かして新しいステージを見つける鍵になっている方も少なくありません。

次に、こちらで知り合った南ア人のおばあちゃんのケース。子育てが落ち着いたらゲストハウスをはじめて生計を立て、今でも現役です。彼女の話を聞いたことで、自分の暮らしにあった働き方をつくる大切さに気付かされました。

 

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(本人提供:ゲストハウスにランチタイムにお招き頂いた時の様子)

 

 

それから、青年海外協力隊でこちらに来ている方々ともお友達になりました。新卒ですぐに来ている方もいれば、休職して参加している方もいて状況も人それぞれ。帰国後はキャリアチェンジを予定していたり、留学予定だったりと、この国での経験を活かすプランもそれぞれ違って、自分の目指す方向性次第でいろんな未来があることを感じさせてもらいました。

また、こちらで私がお手伝いしているNPOのメンバーには、企業や行政などで活躍した後にその経験を活かして現在のNPOでの仕事をしているという方もいらっしゃいます。カタチは変わってもまさに「生涯現役」で誰かのために働いているという姿にも感銘を受けました。

 

こうした出会いの積み重ねから、「働く」という概念が、いつの間にか自分の頭のなかで「企業に勤め、定年まで働く」という狭義なものとして固定されていたことに改めて気付かされました。

もっと自分のライフスタイルや経験、価値観に合わせて、キャリアは柔軟に変化させられる。そう思うようになると、前向きに私自身も、この南アにいる期間にできることをやろうと決心。ライターとしての活動をスタートさせることになったのです。

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(出典:ぱくたそ)

 

 

 

人種間の格差という現実を突きつけられて


 

出会いによって得られた数々の前向きなキャリア像がある一方で、アフリカならではの難しい現状も身近に感じる機会が少なからずあります。

それが人種間の格差です。

多くの方がご存知の通り、ここ南アフリカでは「アパルトヘイト」と呼ばれる人種隔離政策が存在しました。1994年にネルソン・マンデラが大統領になり、この制度が完全に撤廃されるまで、人種によって居住区が分けられ、制度による教育格差を生み出し、非白人に対して数々の考えられないような制限を与えてきたのです。
この制度が撤廃されてまだ約20年。残念ながら当時の制度が生み出した格差はまだまだ埋まりきることはありません。仕事という面においてもそれは同様です。南アフリカの2016年の失業率は26.6%ですが、黒人に限ると40%近くに上ります。

 

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(本人提供:サントンシティに佇む、ネルソン・マンデラ像)

 

黒人の方のなかにも、現在ではアパルトヘイト時代には受けられなかったレベルの教育を受け、当時は実現できなかったであろうキャリアを実現して活躍していらっしゃる方もいます。

一方で、道端で「仕事を探している」と段ボールに大きく書いて立っている人を見かけることは日常茶飯事。また、レストランのウェイターやスーパーマーケットのキャッシャーなどの単純労働は、殆ど黒人の方しか見つけられません。南アに来た当初はこの光景に違和感を覚えて、本当にショックを受けました。目に見える形で、人種による就業格差があるのです。

 

 

 

地に足をつけて、コツコツと今の自分にできることをしよう



こうした現実にも「働く」という価値観を揺り動かされました。

 

その結果、私にできることは限られていますが、プロフィールでご紹介した通り現地のNPOでのお手伝いをスタート。そうした現実を少しでも改善したいと教育支援のボランティアに取り組むようになりました。

 

また、自分の仕事、それを支える経験、好奇心などを身につけられたこれまでのチャンスにも、今まで以上に感謝するようになりました。そして、「任された仕事を、地に足をつけてコツコツやろう」という思いが本当に強くなったことを実感しています。

 

南アフリカに来る前のことを振り返ってみると、仕事での「自己実現」的な側面が強く訴えられすぎていると感じることも少なくなく、たまにそんな世の中の空気に疲れてしまうこともありました。自分は一体何のために働くのか?理想論に踊らされて、だいぶ迷走していた気がします。(苦笑)

けれど今は、食べていくために、コツコツと、働き続ける。そんな思いに変わりました。当たり前のことなんですが、それを自然に感じられるようになったという方が近いのかもしれません。

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(出展:ぱくたそ)

 

我が家の場合、現在の稼ぎ頭は旦那です。しかし私自身も、キャリアを中断するのではなく、帰国後食べていくために今もコツコツと働き続けようとこの状況を楽しんでいます。

 

そして、働くスタンスがシンプルになった分、ライターとして愚直に今できる仕事に向き合う幸せを噛み締められるようになったのでは?と最近よく思っています。

 

 

 

休むときはガッツリ休め!


南アフリカで感じたポジティブ・ネガティブ両面からの影響は、『働く』という価値観の変化につながりました。加えて、その表裏一体の事柄として『休む』という価値観にも、実は変化がありました。

 

それは、「休むときはガッツリ休め!」ということ。日本にいてもよく言われることですが、周りに実践者がやや少なかったような気がしています。(笑)

 

これを南アに来て実感できたのは、キリスト教圏なのでクリスマスとイースターの休暇には旅行などを楽しむ方がとても多いことを目の当たりにしたからです。話を聞くと、休暇の随分前からしっかり計画していて、その休みを目指して働いている感じ。

 

ヨーロッパとの時差が少ないので飛行機で遠方へと出かける方もいれば、南ア国内は自然豊かでアウトドアのアクティビティが数多くあるので、国内旅行を楽しむ方も非常に多くいます。

 

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(本人提供:一番最近行った旅行先。大自然です!)

 

私もそんな様子に感化されて、休みは休みでしっかり堪能しようという気持ちを持てるようになりました。以前は旅行でも、ついついパソコンを持って行ってしまい、結局気持ちは休まらない何てことが恥ずかしながら多くありました。

 

今は「パソコンは絶対持っていかない!その間は仕事を忘れる!」と誓い、しっかりデジタルデトックスしています。

最高です!(笑)

 

 

 

さいごに



今後、パラレルキャリア通信では今回のような自分自身のパラレルキャリアに関わるトピックスをたまにご紹介しつつ、主にパラレルキャリアに関わるニュースや書籍のご紹介などを行なっていく予定です。

 

これからどうぞ、よろしくお願いします!

投稿者プロフィール

村上 萌
村上 萌
静岡県・三島市在住のママライター。 東京で人材系企業に営業として勤務した後、2015年に夫の転勤により南アフリカ共和国への転勤をきっかけにライターへ転身。ライター×教育NGOボランティア×子育てのパラレルキャリアを経て、2017年末に帰国。

現在は1歳の男の子を育てながら、働き方やキャリアに関する記事執筆に加え、伊豆地域の文化振興やローカルニュースの発信も手がける。「ローカルキャリア」が目下の関心テーマです!
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