「自責」と「他責」 銀行員時代から振り返る

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こんにちは!
パラレルワーカーの梶です。

kaji

最近、話題になることが多い、自責と他責。

 

自責:自分に責任があると考える。

他責:失敗や過ちの原因を他人のせいにして責めること。

 

という意味ですが、どんなことも自責で考えられますよね。

 

 

高校時代の恩師にいろんな言葉をいただきましたが、その中の一つに

「信頼関係を築くのには時間がかかるが、それを壊すのは一瞬」

 

との言葉。

 

実際に裏切られてしまったとしても、

相手とそこまでの関係しか築くことができなかった自分、もしくは相手を見抜くことができなかった自分が悪い。

と自責で捉えることも可能。

 

 

正直、他人のせいにしたら、キリがない。

自責で考えることが成長の種、成長のエキスに。

 

だからと言って自責で考えすぎるのもダメだし、運もあったり…

しょーがないことはしょーがない、と割り切ることも大切。

バランスよく自責を取り入れることが大切なのかと。

 

 

 

銀行時代


kaji

 

 

自責で考えたかったけれど、やりきれない部分があった。

銀行にいると、全て自分で責任を被れない。(というか、組織に属していれば…だけど)

 

 

内定式で

 

「上司の失敗は部下の失敗であり、部下の手柄は上司の手柄。」

 

と、某銀行ドラマで有名なお言葉を頂戴しました。
(※当時はまだ放送されてません)

 

ちょっとやっばい会社かな…と思ったけど笑

組織の在り方としてそーいう考え方もありとは思ったけど…実際はそうでもない。

責任を取るのは、下っ端の行員ではないんですよね。

 

 

 

銀行時代に自責で考えきれなくなった出来事


これは南三陸町
これは南三陸町

 

入社1年目の5月。

埼玉で竜巻の災害が発生して、銀行からボランティア活動への募集があり、自ら志願して手を挙げた。

 

直属の上司は自分が立候補したことに少し驚いたみたいだったが
支店長にボランティア活動に行く許可を取ってもらい、

 

「出来ることは少ないかもしれないけど、頑張って来なさい。」

 

と送り出してもらった。

 

 

翌日出勤すると、あきらかに不機嫌な上司。

終業後、呼び出されて1時間ほどお説教…

 

理由は

「他の支店の人に、新入生は強制的にボランティアに行かされてかわいそう…」

 

と批判されたから。

 

新入生が自発的に行動をしただけなのに、なぜか上司が世間体(内部政治)を気にして命令で行かせたと批判されることになった(本人の体感として)。

 

そして、その批判に対する感情が自分の元へ。

話を聞いていて、最初は意味がわからなかった…何故そんなに怒られるようなことをしたのかって?

 

自分の中で、様々な疑問が駆け巡った…
でも、組織とはそーいうものなんだって、入社1ヶ月で悟った。

特に出世争いをする内部で競争する場合には。

 

 

 

ルールの存在が重くなっていき、自責で捉えられなくなっていく


網走監獄
網走監獄

 

自分の行動は上司の行動と同じに括られ

その行動責任を上司は問われる。

(課を異動して、次の上司には席を立つ時は、トイレに行くのも含めて全部上司に報告してから動け、とも)

 

下手な動きをしたら、それは自分の責任ではなく上司の責任になる。

だからこそ、自分で判断して行動しようとしても、まずはルールに則ってやる。

そしたら、ほとんどのことが、ルールとして書いてある。

 

ルールを守っていれば、失敗したとしても、ルールのせいにできてしまう。

それは行動する際に、考えるよりも先にルールを確認することを優先してしまい、
その状況に慣れてしまうことで、自分で考えることができない状態に陥ってしまう…

 

そうなってくると、ルールが全てになり、ルール上でしか生きていけなくなり、

次第に自責で捉えることができなくなり、ルール(他責)ありきの考えになってしまう…

 

 

銀行時代の自分はそんな状況に陥ってしまっていた。

 

 

 

銀行という組織を離れたからこそわかること


kaji
波照間島

 

 

ルールは絶対ではない。

ルールは変わっていくものであり、変えていくべきもの。

なぜそのルールがあるのか、できたのかを考えなくてはいけない。

 

正直、そんなことは銀行時代にも気づくことはできた、はず。

でも、弱い自分にはそれができなかった。

知らず知らずのうちに、染まっていた。

 

 

銀行という組織を離れたからこそ、わかることが沢山ある。

自責で捉える。

それもそのうちの1つ。

 

組織を離れることで、自分で自分の責任を負うということができた。

それが自分にとって前向きに捉えられる、自責で考えられるきっかけになったと思ってる。

 

 

ただし、自責で考えることも大事だけど、それはバランス。

自責で考えすぎてしまったら、どんなに強い人間でも、潰れてしまう。

 

ほどよい具合に自責で捉え、成長していく。

成長することが人生ではなく、幸せに生きることが人生だと思うので。

 

投稿者プロフィール

梶 直輝
銀行員→旅人→ニートを経て、現在2社で働くパラレルワーカーです。ブログでは「パラレルワーカーの実体験」を主に書いていきます。自然人(自分の心に素直に生きて、誰かを輝かせられるような人=直輝)としての生き方を模索中。
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